Eri Wildeの那由多ブログ

エリワイルド(Eri Wilde)のブログです。 本名は福田英里子です。東京外国語大学外国語学部英米語学科卒。英語講師、日本語講師、通訳、香川せとうち地域通訳案内士、翻訳、SE、占い師、心理カウンセラー、YouTuberをしています。二人の兄弟の母親です。音楽(ピアノやウクレレの弾き語り)、アートなど多趣味です。次男は発達障害です。 お仕事のご用命は下記のメールアドレスまで宜しくお願い致します。eriwilde0@yahoo.co.jp

父が借金まみれで急逝

去る5月31日の早朝、普段電話をかけても出てくれさえもしない弟から、私の携帯に電話がかかってきました。

「お父さんが冷たくなっとる! 死んどるかもしれん!」

「ええっ!?」

母が救急車を呼び、弟を連れて病院まで行く間に、私は息子たちが学校に行くのを見送りました。

すると母から、父が40分も心肺蘇生装置にかけても心臓が動かないので、外してもよいか確認の電話がかかってきました。

私は、いいと言うより他にありませんでした。

私が病院に着くと、カーテンがかけられた霊安室に案内され、まだ血潮が鮮明で生きているかのような父が横たわっているのを見ました。

余りにも唐突な永遠の別れに、ただただ衝撃を受けて、しばらくの間立ち尽くしました。

待合室に戻ってしばらくすると、医師が死因の説明に来てくださいました。

CTを見たところ、主要な死因は、肺気腫による気胸であろうとのことでした。

肺の外に漏れだした空気が、心臓を端っこに押しやっていたそうです。

一般的に気胸には激しい痛みが伴うはずなのですが、父は痛みを訴えることなく、静かにこの世を去りました。

父の遺体を自宅まで葬祭場の方が連れて帰ってくださるまでに時間があったので、病院の待合室で親族に訃報を知らせました。

余りにも急な知らせに、誰もが言葉を失っていました。

父は創価学会員でしたので、葬儀は創価学会の友人葬になることは以前から知ってはいましたが、どのような手続きを取ればよいのか分からず、母と一緒に途方に暮れました。

幸い、私の幼馴染や、父の会社の従業員に学会員の方がいらっしゃったので、地区部長の連絡先を教えていただき、連絡が取れ、お通夜と葬儀の導師をお引き受け頂けました。

父が帰る前に、会社の人達が家の片付けをしてくださっていました。

葬祭場の方と様々な段取りについて話し合い、お通夜と葬儀の日時を決め、なんとか手筈を整えることができました。

そして、会社や自治会や学会の方々の手助けのおかげで、なんとか無事に葬儀を終えることができました。

父は生前、九州の佐賀県の唐津市の実家の祖母のお墓に入りたいと言っていたそうなので、分骨をそちらに入れて頂き、本骨壺を香川県にある創価学会の永代供養に入れて頂くことになりそうです。ゆくゆくは、母と弟もそちらでお世話になることに決まりそうなので、私もお墓のことを心配しないで良くなりそうです。

父の会社の仕事については、従業員の皆さんがきちんと処理してくださっていました。

ただ、私は、父の会社の財務状況について、その時までほとんど全く無知でした。

私は、数年前に精神疾患を理由に父の会社でのパートを辞めた後、私にしかできない仕事がある時だけ、父の仕事を手伝っていたに過ぎず、父の負債のことなど、怖くて話を切り出すことさえままなりませんでした。

しかし、いざ蓋を開けると、父の会社は、約3000万円に上る銀行からの負債と、約500万円のリースの残債を抱えていました。

そして、預金はほとんど残っておらず、客先からの支払いがあれば、そのほとんどが社員の給料の支払いに充てられるという状況でした。

無論、父は、銀行からの借り入れの連帯保証人になっていました。

又、母も約束手形の連帯保証人になっている可能性がありました。

父は、会社以外でも、個人的に様々な借金やクレジットの未払いを抱えていたようでした。

実家は店舗兼住宅になっており、そこで母は美容師をしています。

母の美容院の事業は、数年前に父の会社から分けられ、ガンちゃんという美容師さんが、個人事業主になって、母を雇用しているという形態になっています。

その店舗兼住宅は、父の名義になっているので、そのまま相続すると、母と私と弟が、父の債務を背負わされることになります。

父の会社の建物は父の会社の名義になっていますが、店舗兼住宅と会社の建物がある土地は、母の名義になっています。

私は、会社関連の法律や財務処理についての知識がほとんどありませんでしたので、必死に色々な情報を読み漁りました。

そして、数人の弁護士に相談しに行きました。

事前に、プラスの資産の分だけ負債を支払えば、自宅を奪われずに済むという、「限定承認」という方法があるという情報を仕入れていたので、それが可能かどうか尋ねました。

最初に相談した弁護士には、限定承認は「ムシがいい」からできない。会社を破産する際に、連帯保証人になっている者がいれば、その人も一緒に個人の自己破産をしないといけないと言われました。

つまり、もし母が連帯保証人になっていなければ、私が代表取締役になって会社と一緒に個人破産して、貯金や生命保険や車などすべてを債務の返済に充てなければならず、もし母が連帯保証人になっていれば、母が代表取締役になり、母に父の会社と一緒に破産して、家も土地も財産も渡さなければならないということでした。

私はこの弁護士の過激な発言にかなり打ちのめされましたが、そんなことでへこたれる訳にはいきませんでした。

諦めずに、弁護士どっとこむという、インターネットで弁護士に相談できるサイトで相談したところ、限定承認と破産を並行して行うことは可能ではあるが、手続きが大変であるということが分かりました。

そこで、もう一人の車で行ける距離に居を構えている弁護士に相談しましたが、弁護士事務所のウェブサイトに限定承認について書かれていたにも関わらず、限定承認には対応していないと断られました。

結局、インターネットで限定承認に特化して対応してくださる司法書士さんを見つけることができたので、そちらに依頼することを最初の相談の電話で即決しました。

大阪の司法書士さんですが、全国対応だということで、素晴らしいなと思いました。

又、その後、自宅から通いやすい所で、上記の司法書士さんと連携を取りながら、法人の破産に対応してくださりそうな弁護士さんも見つけることができました。

世の中には、士業を営む方々にも、色々な人がいらっしゃるのだなと心底驚きました。

ここに至るまでの2週間、母とガンちゃんと弟が家と仕事を奪われる危機を免れさせるため、東奔西走していましたが、生きた心地がしませんでした。

やっとのことで方針が決まり、ゆっくりと物事が前に進み始めています。

父の負債にも驚かされましたが、父が家や建物や土地の担保権のすべてを解除していたことを、法務局から不動産の登記内容証明書を貰ってきて初めて知り、びっくりしました。

又、最初、会社の経理の人が、父が医療保険を今年に入ってから解約し、生命保険には加入していないと言っていましたが、ファイルから生命保険の証券が見つかり、ほっと胸を撫でおろしました。

父は、あらゆる債務の支払いに追われながら、この保険の支払いだけは、死守していたことが、たくさんの通帳の履歴から見て取れました。

父が母に遺したこの1500万円を最大限に活用し、私は、父の会社の債務整理を行い、限定承認を完了することを目標に掲げることになりました。

父は生前、自分が統合失調症でひきこもりの弟の「後見人」になっていると言っていましたが、法的なものかどうか分からりませんでした。法務局に登記内容を確認しに行ったところ、弟には法的な後見人はついていませんでした。そういうわけで、弟は、実印を作って印鑑登録すれば、相続放棄ができる法的な能力を持っていることが分かりました。

この2週間の間に、様々な債権者さまとお話させて頂きました。

そして、最も大きな債権者である銀行の支店長さまから、父が亡くなるほんの数週間前に、父が手形を発行してもらいたがっていたけれども、支店長さまが、それは返済が困難になる危険があるので、止めておいた方が良いと諭してくださったそうでした。もしその手形が発行されていたら、母が連帯保証人になっていただろうということでした。つまり、母は幸い、どの銀行からの債務の連帯保証人にもなっていない状態になっていました。

母は極度額が600万円の約束手形の根保証の連帯保証人となる契約書はありましたが、手形自体が現在は存在しないということでした。

母が法律上背負わなければならない債務はないということで、ほっとしました。

しかし、母は父の会社の建物が第三者のものになることを嫌がっているので、会社の建物は、管財人さんが決まった際に、母が買い戻して、そのお金を少しでも債権者さまにお返しできるようにしたいと考えています。

又、父の会社の資産の価値は限られていますが、コンピューター関連機器はもちろん、カラオケ機器などの一風変わったものもあり、それで少しでも多くの債務を返済できればいいなと思っています。

このような状況下で、債権者さまに励まされるとは、世の中は本当に不思議なところだなとつくづく感じます。

私は、やはり、父の会社を破産させるためだけに、代表取締役という役職に就く必要があると、三人目の弁護士さまから伝えられています。

社長の娘という理由で、このような役割を務めなければならならず、世の中の理不尽や不条理を憎みたい気持ちにもなりますが、これも天命と諦めて、粛々と歩を進めるより他にないと自分に言い聞かせています。

三人目の弁護士さんによると、代表取締役に就いただけでは、父の債務の連帯保証人という立場を引き継ぐ必要はないということですが、債権者さま、特に信用保証協会が黙って引き下がってくださるかどうか不安で、私も眠れぬ夜が続いています。

母は、長年連れ添った夫に急に先立たれ、どうすれば良いのか分からず、息子も頼りにならないので、娘の私に頼るしかありません。

母は、父が署名を求めてきた書類の内容もろくに確かめずに、署名と捺印をし続けてきたそうです。母は、決して父に逆らったりせず、父がお金を出すように言ってきても、何も言わずに出し続けてきました。

それなのに、このような仕打ちはあまりにも残酷すぎます。

父の名前で次々に届く請求書は、開封せずに私に渡すように母に伝え、司法書士さんの指示通り、一切の支払いを行わないようにしています。

もし父の債務を肩代わりしてしまうと、限定承認ができなくなるからです。

父の個人的な債務の債権者にも申し訳ないのですが、もし支払いを行うと、住む家を追われる立場である母と弟の身の上をご理解頂くようひたすらお願いし続けるのみです。

これほどの借金を抱えながらも、父は気前よく他人のためにお金を使うような人でした。

又、なぜ父が無担保で銀行さんからそれほど多額の借り入れができたのかについてですが、父が電気設計の技術者として、それだけの負債を返済する能力があるという個人的な信頼を得ていたからという側面もありました。

父には、これだけの負債を自分なら返済できるという自信がありました。

しかし、造船業界の実情は、時代と共に移り変わってきており、会社に依頼される仕事の量は、ここ数年少なくなっていました。それは、コロナの影響ももちろんありますが、取引先の企業が他の大企業に買収されたために、父の会社への仕事の依頼が減っていたという側面もあったようでした。

父は、仕事がほとんどない時も、従業員の一時帰休や解雇をせず、給料を支払い続けました。

このような状況が今年の後半には改善し、何隻もの船の設計に取り組む予定であると父が言っていた矢先の、晴天の霹靂でした。

会社の残務処理については、たちまち請け負っている業務内容は、残された従業員でこなせる範囲内の内容であったので、区切りの良いところまででデータと書類を提出したものの、一社からの前払いの入金が止められておらず、どうしたものかと頭を抱えているところです。

リース契約や月払いの契約で、解約できるものは解約し、残債が残っているリースなどは現在はそのままにしている状態です。

経理担当者以外の従業員は6月15日付けで解雇となり、あらゆる債務や経費の支払いは停止となっています。

私は、これらの手続きを今のところ無報酬でしているのですが、自分の仕事が後回しになっている状態で、日銭を稼ぐのにも苦慮しています。

このようなことをブログに書いたとして、誰かが助けの手を差し伸べる義務がある訳ではないですが、少しでも自分の気持ちの整理にはなるだろうかと、書き綴っています。

私はただ、母と弟とガンちゃんの生活を守るためだけに、この任務を全うしたいと願っています。

父が残した保険金の1500万円を、私が母にどのように使って貰えばいいのか、父に尋ねる術はもうありませんが、父が生前、「借金返さないかんけん保険に入っとる」と言っていたので、なるべく債権者さまのためになるように使って貰いたいと思っています。

こんな私を心理的にも経済的にも支えてくれる、嫁ぎ先の家族が私の心の拠り所です。

こんな私を、神仏が光を照らしお導きくださることを、ひたすら信じようと努めている毎日です。

 

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