エリーの那由多ブログ

「多芸は無芸」な主婦が、親子で学べるブログを目指しながらも、あらゆる突拍子もない話題について語ります。

書き下ろし短編小説『羽毛布団』

もうすぐ12月がやってくる。冬が近づき、日増しに朝晩の冷気に思わず体が震えるようになってきた。

そろそろ羽根布団を押し入れから出さなければならないのだが、うつ病のせいであらゆる家事が面倒に感じてしまう私は、ダブルの羽毛布団を押し入れから出すという作業に取り掛かることができずにいる。ダブルの羽根布団は大きく、押し入れの中で、こたつ布団や冬物の繊維製品の下に眠っているし、今使っている夏用の肌掛け布団とスナップボタンでくっつけて一人前の冬用の掛け布団になるため、多少面倒である。

かろうじて二枚の毛布は押し入れから引き出すことができたのだが、夏用の肌掛け布団と毛布を重ねて、私は長男と一緒に眠る。

主人は、シングルの羽根布団と毛布で次男と眠る。

長男は暑がりなので、薄い布団でも安眠できているようであるが、私はそろそろ寒さが耐えられなくなってきた。そんな肌寒さをひたすら辛抱しながら眠っていると、おかしな夢を見た。

私は昔東京の大学に通っていた時、荒川区の下町で暮らしていたのだが、そこの下宿先に布団を置き忘れて来ているので、取りに行った。そして、東京に父がついて行ってくれていた。しかし、東京の駅に着くと、父は私に自分で行ってこいと言って、私を置き去りにしてどこかに行ってしまった。一人残された場所の近くには、過去に偉人が泊まった老舗の豪華なホテルがあった。ガラス張りで、中のベッドが外から丸見えだった。

端的に纏めると、そんな夢だった。

夢占いが好きな私は、自分の夢を分析してみた。

布団を忘れて取りに行くのは、失われた休息を取り戻したいという欲求、そして、ホテルのベッドの夢も、睡眠時間が足りないという暗示。父に置いてけぼりになるのは、一人ぼっちになってしまうことへの不安感を暗示している。豪華なホテルは大吉夢であるということに、せめてもの望みが残されている。

それにしても、単に押し入れからフカフカの羽毛布団を出すことだけが、わざわざ東京に布団を取りに行くのと同じくらい重労働なのかと、自分の夢に揶揄されているような気がして、自分で驚き呆れる。全く、うつ病とは、不可解きわまりない病である。こんなまどろっこしい夢を見させるのだから。

それとも、私は安らかな休息を東京に忘れてきてしまっているのだろうか。東京で一人で暮らしていたころ、私の眠りはそれほど安らかだっただろうか。確かに一人で眠る部屋は静かで、自分を蹴り飛ばす寝相の悪い子供と一緒に眠る必要もなかった。誰にも邪魔されることなく読書灯を枕元に置いて、自然に眠りに導かれるまで本を読んでいた。しかし、東京の布団の中での眠りは、孤独だったはずだ。

あの頃の孤独と比べると、今の私は、ずっと幸せだと思う。あの頃よりは、幸せの意味が分かるようになったと思うし、きっと、私が選んできた道に間違いはないはずである。ただ、休息が少し足りていない、それだけのことである。

あの夢は、私にそのことを教えてくれようとしているのに違いない。  私は十分な休息と引き換えに、孤独を克服したのだ。

そして私は、今日こそは羽毛布団を押し入れから出そう、と決意するのであった。

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