エリーの那由多ブログ

「多芸は無芸」な主婦が、親子で学べるブログを目指しながらも、あらゆる突拍子もない話題について語ります。

小説と私 ~村上春樹さんの作品との邂逅~

私は、社会人になってからは小説よりもむしろビジネス書を読むことのほうが多かったのですが、最近になって、少しずつ小説などの文芸書を読むようになっています。

少し前にうつ病の治療のため会社を休んでいた時、スタバが店内にある粋な本屋に行き、何となく手に取ったのが、東野圭吾さんの『秘密』でした。

カフェでコーヒーを飲みながら、その日の内に読んでしまおうとしたので、大体の筋書きが理解できる程度に斜め読みしかしなかったのですが、それでも、その物語をかなり楽しむことができました。でも、飽きっぽい性格なので、つまみ食い状態のままその本は今や我が家の書棚に眠っています。東野圭吾さんのこのような小説は、エンターテイメントとして読みやすく、現実にはあり得ないことが起きる小説の中の世界に、なぜかすんなり入り込めてしまうところが、ちょっとした現実逃避を求めていたその時の私にはぴったりでした。ただ、かなり前に読み通した村上春樹さんの『ノルウェイの森』とかと比べると、読後に強く印象に残る一節などが特になく、軽い読み物だと感じました。『ノルウェイの森』に書かれていた、「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。」という一節は、私の記憶から一生忘れ去られることのないものとなっています。村上春樹さんが追い求めているテーマの重みや深みは、他の小説家にはなかなか見いだせられないものです。

 

私がもともと小説を読み始めた最初のきっかけは、中学時代にデヴィッド・ボウイさんのファンになり、彼の愛読書を読みたいと思ったことでした。彼は、ジャック・ケルアック、カフカ、三島由紀夫などを愛読していました。正直、漫画が大好きな普通の中学生だった私には、すんなり入り込める小説は少なかったのですが、カフカの『変身』を読了できた時には、小説とは私でもこんなに楽しめるものなのかととても驚いたことを覚えています。でも、三島由紀夫をそこそこ理解できるようになったのは、社会人になってからでした。

又、ボウイさんが出演した映画の原作を読んで理解を深めたり、ボウイさんの歌の歌詞に出てきた小説を読んだりするのも好きでした。クリストファー・プリーストの『奇術師』やジョージ・オーウェルの『1984年』などです。三島由紀夫の『春の雪』も読みました。そういえば私は、その小説を原作としている映画を観てから、その小説を読むことが好きでした。視覚的な刺激を強く求めていたのです。

 

ですから、もし私がボウイさんのファンになっていなかったら、そもそもそれほど小説を読むようになっていなかったかも知れません。

私が村上春樹さんを読みたいと思ったきっかけは、メディアへの露出が少ない彼が、何かの折にテレビで流暢な英語で原発反対のスピーチをしている様子を観てからのことです。日本人の小説家が英語で意見を発言していることに、とても感動しました。

図書館で彼が新人賞を取った初期の作品やエッセイ集を借りて読んだり、古本屋や書店で買った本を読んだりしています。まだそれほどたくさんの作品を読んではいないのですが、これから読みたい本がたくさんあります。村上春樹さんの小説は、『1Q84』とか、カフカとか、微妙にボウイさんのテイストと被っているところも面白いです。二人は年も近いですし、1月生まれで誕生日も近いですし。

 

翻訳家としても、彼の本は私に貴重な指南を与えてくれます。他人から批判された時、それをバネにして、さらに高みを目指す姿勢に、深い敬意を抱きます。『翻訳夜話』や『職業としての小説家』は、これから何度も読み返したい本です。

 

 今読んでいるのは、『海辺のカフカ』です。この小説の主な舞台は、香川県の高松です。そして、偶然にも、香川県出身のヒロインの姓が私の旧姓と同じです。否応なしに小説の中の世界に引き込まれてしまいます。そんな訳はないのに、まるでこの本が私のために書かれた本であるかのように感じてしまいます。とても不思議です。村上春樹さんの小説は、想像力のない私でも、その小説を原作としている映画を観ていなくても、読むと情景がすんなり想像できるので素晴らしいと思います。

 

私にはあまり近くに小説について語りあえる友人がいません。だから、香川県民の中で、一体何パーセントの人が、『海辺のカフカ』を読んだことがあるのだろうかと、気になります。香川県民の読者に出会えたら、村上春樹さんの小説について語り合ってみたいなと思います。